開発が加速するスマートシティとは——アフターコロナを見据えた世界の現状

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世界各国でスマートシティの開発が加速しています。
日本国内ではトヨタが静岡県裾野市で「ウーブン・シティ」と呼ばれる実験都市の建設を発表しました。
国土交通省はスマートシティの定義を「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画・整備・管理・運営)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」としており、テクノロジーによる最適化も図る一方で、短期的なプロジェクトではなく、長期にわたり維持・発展していく都市開発を目指しています。

インフラにICTやIoTが組み込まれた都市づくりを目指すスマートシティは2010年頃から提唱され、日本国内では電力のスマート化、欧米では交通渋滞解消など、個別のテーマに特化した実証実験が繰り返されてきました。

一方でウーブン・シティは個別のテーマに特化せず、パーソナルモビリティやロボット、スマートホームやAIなど幅広い技術を導入し、それらの有効な活用方法を実証実験で導き出すことを狙いとしています。
車単体でのビジネスモデルを進めてきた自動車メーカーから、モビリティ企業へのシフトチェンジを図るトヨタらしい戦略とも言えるでしょう。

スマートシティを巡る動向は刻々と変化しています。新たな取組みだからこそ生まれる課題や、コロナ禍で激動する時代ならではの価値観の変化など、「街づくり」を巡る課題と現状を紹介します。

 

スマートシティの資産はデータ

近年のスマートシティ開発において最も重視されているのはデータです。
各種センサーから取得した情報やカメラや音声から収集・解析したデータを活用し、都市のリソースを有効に配分するというコンセプトを掲げるケースは少なくありません。

イギリス西部の港湾都市ブリストルではNECやノキア、地元企業等と連携し、スマートフォンや車載GPSなどから情報を収集し、渋滞緩和や大気汚染対策に活かす取組みが始まっています。
またスペインのバルセロナではCiscoとの連携の下、Wi-Fi通信網の整備と都市インフラに各種センサーを設置することで、ゴミ収集の効率化や交通違反取締に対する省人化、周囲の明るさや歩行者の量を加味した街灯の照度制御などを導入しています。

上記のような事例が示すように、市民が享受するソリューションの源泉にはデータが欠かせません。
「データは新しい石油である」というメタファーがあるように、20世紀における産業の主軸が石油であるならば、21世紀の産業の主軸はデータでしょう。
製造業やエネルギー産業が世界をリードしていた時代から、アメリカのビッグ・テック系企業が覇権を握る時代に移り変わりました。その変化は都市を形作るという産業においても、無関係ではないのです。

しかし、データを単に集めただけでは何も起きないことは言うまでもありません。
データの収集方法やアルゴリズムの精度向上や、生活シーンで効果的にフィードバックするためのハードウェアやインフラの設計など、UXに紐づく部分が優れていることも重要な要件です。

そういった点でデータは重要な存在でありながら、インプットとアウトプットを担う技術やデザイン、体験の価値は全く損なわれていません。
一方で私たちが忘れてはならないのが「情報は誰のものか」という論点です。
ここでカナダのスマートシティ開発プロジェクトで起きたケースを紹介しましょう。

 

トロントの失敗が意味するもの

カナダ最大の都市であるトロントのウォーターフロント地区を、スマートシティとして再開発する計画が立ち上がったのは2017年のことでした。

カナダ政府とオンタリオ州トロント市で作る共同事業体は、Googleの親会社であるアルファベット傘下のサイドウォークラボをパートナーに選定しました。
サイドウォークラボの提案は地元市民や関連企業だけでなく、世界中から衝撃と羨望の眼差しを集める内容でした。
工業地帯だった12エーカー分(東京ドーム約1個分)の土地には低価格でサステナブルな木材を使った建物が並び、冬は発熱する歩道、地下に張り巡らしたダストシュートとロボットを活用して効率的にゴミ収集する機能や、交通量に応じて自律走行する車専用レーンが設けられる道路など、まるでSFのような構想が次々と発表されました。

しかし、それらの計画が実現されることはなく、3年後の2020年5月にサイドウォークラボの撤退が発表され、計画自体が頓挫してしまったのです。
最大の要因は情報の取扱いとマネタイズを巡る議論です。サイドウォークラボが収集した地域のデータはどのように保護されるのか、個人のプライバシーを侵害していないかという議論がプロジェクト当初からあり、市民と行政、そしてサイドウォークラボとの間でいさかいが絶えませんでした。

加えて、サイドウォークラボは当初ウォーターフロント地区内の12エーカー分のみだった対象地域を、16倍の190エーカー(東京ドーム約16.5個分)まで大幅に拡大したプランを発表します。
カナダ側の事業体にとっては寝耳に水とも言える内容で、最終的に拡大案は却下されました。

プランを拡大した背景には12エーカーの街から収集するデータ量では、ビジネスとしてスマートシティの運営を成立させることはできなかったからだとしています。
テクノロジーに振り切った街を維持するためには、より広大かつ大量の住民データを収集できなければ、採算が取れないという現実にカナダ政府とサイドウォークラボは直面したのです。

都市開発においては、民間企業の協力が不可欠です。
特にスマートシティ開発においては、クラウドやAIなどのソリューション群を豊富に有するビッグ・テック系企業は欠かせません。
しかし、収集した情報の権利や取扱い、そして他のビジネスへの応用など一筋縄では解決しない問題があります。

スマートシティの開発は、その街のみに閉じたものではなく、データの運用方法やプライバシーやセキュリティポリシーなど、社会全体にも影響することを、トロントの事例は示しています。

 

アフターコロナで変化が進むアメリカ

少し時間を進めて、視点を変えましょう。
新型コロナウイルスのワクチン接種が進むアメリカでは、早くもポストコロナに向けた都市環境の変化が進んでいます。
日本では今ひとつ普及しないリモートワークですが、アメリカではIT産業を中心にホワイトカラーのリモートワークが定着。その結果、都市圏を離れ、郊外に移り住む人が増加しています。

北米最大の賃貸情報サイトZumperによれば、賃料が高額な沿岸部都市では1年で15〜24%も下落している一方で、相対的に安価だった中西部や南部の都市では10〜25%ほど上昇しています。
この流れはオフィス物件にも反映され、沿岸部ではオフィスの売却や解約、新規リース契約の廃止などが進み、都市圏全体の空室率は4.8%から9.0%まで上昇しています。 (参考記事:JETRO )

(データ出典:Zeumper

一方でコロナ禍においてもスタートアップに対する投資は活況で、全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)と米調査会社のピッチブックが取りまとめたデータ によれば、2020年のアメリカ国内のVC投資額は前年比13%増の1562億ドルと過去最高額を記録するなど、潤沢な金融資産がスタートアップ市場へ流れ込むなど、テクノロジーへの投資は加速し続けています。(参考:NVCA

こうした市況下で最も資金が流入しているのはヘルスケアやメディカルなど、新型コロナ対策に直結する領域ですが、その他の領域にも積極的な投資が見受けられます。スマートロックを開発するLatchや、モビリティの自動運転技術に採用されているLiDARを開発するVelodyne LidarやLuminar Technologiesが上場。
過去にコラムで紹介したホーム・トレーニングのPeloton も上場後に時価総額が10倍になるなど、住宅や都市のスマート化・分散化に関連した企業の成長は留まるところを知りません。

アメリカにおける都市から近郊へのシフトと関連技術への活発な投資は、都市の再構築を促し、その余波は日本も含めた海外にも及ぶでしょう。コロナ禍で計画そのものを止めることも選択肢にあってもおかしくない状況下で、トヨタがウーブン・シティを進める背景には、テクノロジーへの投資の加熱と人々の暮らしに対する意識の変化に遅れてはならないという考えが、少なからず影響しているのかもしれません。

データ運用のあり方を巡ってトロントのスマートシティ計画は頓挫した一方で、新型コロナウイルス対策では行動追跡や接触確認にアプリを活用するなど、データを活用した行動監視が一定の成果を挙げたことも事実です。過去の反省と向き合いながら、データ活用と市民生活のあるべき姿を追い求めることが、アフターコロナにおけるスマートシティの重要テーマとなるでしょう。

 

多くのビジネスパーソンが街づくりに関わるチャンスが来ている

キャプション:トヨタ傘下のウーブン・プラネット・ホールディングス社のウェブサイトに掲載されている、ウーブン・シティ関連の求人一覧。ソフトウェアエンジニアやロボットエンジニアなど、従来の街づくりには無かった職種が並ぶ。

これまで街作りの主体となっていたのは、大手不動産デベロッパーや鉄道会社など限られた業界のプレイヤーでした。
しかし、スマートシティの開発においてはソフトウェアやロボティクス、AIなどの新しい領域の開発に加え、それらを暮らしに反映するUX提供や代替エネルギーの研究開発など、求められる職域も広がっています。

特に日本は少子高齢化や地震・台風などの自然災害リスクなど、課題先進国という側面があります。そういった社会課題を世界に先駆けてテクノロジーで解消し、暮らしのQOL向上と地域経済の活性化を両立させる大きな挑戦ができる——。これこそが日本におけるスマートシティ開発の魅力だと言えるでしょう。

政府がSociety 5.0の選考的な実験の場としてスマートシティを挙げていることもあり、裾野市のウーブン・シティ以外にも日本各地でスマートシティのプロジェクトは進行中です。
トロントで露呈した課題は、今後どのように解決するのか。都市から近郊へ流入する動きが続いている間に、その結論は出るのか——。
スマートシティにおけるイノベーションは道半ばであり、理想郷を生み出す壮大な社会実験の門戸は、多くのビジネスパーソンに開かれています。

 

 

越智 岳人

ライター:越智 岳人

編集者・ジャーナリスト
技術・ビジネス系メディアで取材活動を続けるほか、ハードウェア・スタートアップを支援する事業者向けのマーケティング・コンサルティングや、企業・地方自治体などの新規事業開発やオープン・イノベーション支援に携わっている。

 

 

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