「マス」から「ワン・トゥ・ワン」に変化しつつある小売業のマーケティング

Pocket

さまざまな分野で進むDX。食品スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどのチェーンストアを展開する大手小売業も対応を迫られている。
今回は特に小売業のマーケティング分野において、どのようなDXの取組みが進もうとしているのか、歴史的な背景も含めて解説する。

 

小売業のマーケティングを変えたID-POS

近代日本小売業のマーケティングにとって非常に大きな転換点となったのは、1980年代のコンビニ業界のPOS導入である。POSレジは商品に貼付されているバーコードをスキャンすることで、価格の入力を効率化し、レジでの精算業務と販売管理能力を一気に向上させた。どの商品が何個売れたのかを、データとして扱うことができるようになったのだ。

さらにコンビニ各社はPOSレジに客層ボタンをつけることで、顧客の見た目の性年代情報も取得。
「どの商品が、何十代の男女に、何個売れたか」ということまでデータ化することに成功した。
このデータは品揃えや商品開発に活用され、1990年代におけるコンビニ業界の急成長に寄与した。
その後、顧客向けのポイントカードがデジタル化され、さらにPOSのデータと紐づいたことによって「誰がどの商品を購入したのか」をデータ化した、いわゆる「ID-POSデータ」が誕生した。近年ではdポイントやTポイントなど、複数の小売業・サービスをまたがって、誰が何を購入したのかをデータ化する「共通ポイント」も一般的になっている。

現在小売業のマーケティングにおいて、ID-POS分析は今なお中心的な役割を占めている。小売業が品揃えを検討し、仕入れや発注を行う際や、メーカーが小売業に新商品のプロモーションの提案を行うとき、あるいは新商品の開発をするときなども、小売業から提供された(購入した)このID-POSデータに基づいて行われることが多い。

ネット経由の購買は増加するも追いついていない環境

それまで店舗での販売が中心だった小売業の販売方法は、インターネットやスマートフォンの普及により様変わりした。自社ECサイトやAmazon、楽天などのプラットフォーム、アプリなど、インターネットを介した販売チャネルを複数持つ事業者が増加。この動きが加速したのは、2013年前後からだ。小売業界でオムニチャネルという言葉をよく耳にするようになったのもこの頃である。当時、セブン&アイホールディングスの会長兼CEOだった鈴木敏文氏が「オムニチャネル化」について言及したのを皮切りに、複数ある販売チャネルのシームレスな統合を目指す動きが一気に進んだ。
この数年は、インターネット経由で注文し、宅配で受け取るだけではなく、ネットで注文して店舗で受け取る「BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)」サービスも拡大を続けている。さらにコロナ禍で非接触・非対面のニーズがさらに高まったことも、これらのサービス拡大を後押ししている。

しかし、このように購入のための接点や受け取りの方法は増えているのだが、その背後にある情報システムが「増築に増築を繰り返した家」のような状況になっている企業は少なくない。サービスごと、部署ごとに縦割りでシステムが構築されていて、データを横断的に結びつけることができずにいるのだ。縦割りで構築されているシステムに横串を刺す必要があり、今なおこの問題に悩まされている企業は多い。

例えば、店舗のポイントカードの顧客IDと、ECサイト等デジタルの接点の顧客IDが紐づいていないなど、一顧客の自店舗での購買行動を把握するために必要な情報が管理できていない状況なのである。
マーケティングと直接関係ないが、ECで販売するための商品在庫のデータをどう扱うかという点で課題を抱えている企業も多い。この点を乗り越えねば、本当の意味で小売業のマーケティングのDXを実現することは難しいように思える。

SNS活用は試行錯誤の企業多数

店舗への集客方法も、この10年で大きく変化している。それまでは、特売時期に一時的に商品の売価を下げ、そのことを新聞折込チラシやダイレクトメールなどで集客を行う「ハイアンドロー」方式が一般的であった。

しかし、スマートフォンなどのデジタルメディアの増加により、小売業はデジタルメディアを通じた集客に熱視線を送るようになった。新聞購読者数の減少に伴い、新聞折込チラシの効果が低迷をはじめたことも拍車をかけた。Eメール、スマホアプリ、LINE公式アカウント、SNS、動画SNS…さまざまなデジタルメディアが乱立しており、それらを通じて割引などのオファーを送ったり、新商品の案内を送るなどの集客施策を打ったりしている。だが、それらをどうやって活用するべきか、どの企業もまだ試行錯誤という状況だ。

応用範囲の広い「顧客行動の動画分析」

前述したように、課題は山積しているが、その次のステップとして注目を集めているマーケティング上のトレンドをいくつか紹介したい。

ID-POSでは「誰が何を買ったか」はわかるが、当然「何を買わなかったか」までは把握できない。そこで、顧客の店内の行動まで分析しようと、さまざまな動画による店内行動分析ソリューションが誕生しており、一定の効果をあげている。
店舗内のいたるところに設置されたカメラ(やセンサー)で顧客の映像を記録し、AIで分析することにより、それまで取得できなかった「商品に立ち寄った割合」「商品を手に取った割合」「購入を検討したが棚に戻した割合」などをデータ化するというものだ。
小売業だけではなくメーカーも協業して調査を実施することが多く、小売業が取得したデータをメーカーは新商品の開発に活用したいと考えている。

商品に対する顧客の反応をデータ化したものをサービスとして提供するのがアメリカ発のスタートアップ「b8ta」だ。定額でメーカーに商品陳列スペースを貸出し、顧客の商品への立ち寄り率や商品に手を触れた割合などをデータとして提供する。
店内に設置したカメラで取得した映像の分析は商品開発に用いられるだけにとどまらず、店内の在庫チェックや、顧客の回遊調査などにも活用できる。店舗内のどこにどのカテゴリーをレイアウトすべきか、どのカテゴリーとどのカテゴリーの棚を隣接させるべきかなども、映像の分析によって可能になるだろう。

新規事業として各社注目する「ワン・トゥ・ワンマーケティング」

先進的な企業が取り組んでいるのがワン・トゥ・ワンマーケティングだ。顧客とのコミュニケーションの中心が折込チラシやダイレクトメールなどの紙媒体だった時代は「ある期間中、特定の商品は一気に値下げをする」とか「ある期間中に購入した顧客は全員ポイントが10倍になる」というような、画一的なプロモーションしかできなかった。

しかし、スマートフォンの普及は1人1人の顧客に合わせたオファーを可能にした。
性年代、購買履歴はもちろん、それまでのオファーへの反応やウェブの閲覧履歴まで加味して、その人の趣味嗜好に最適化した商品の値下げ、広告の選択などが行われるようになりつつある。小売業者にとっては、通常価格でも購入してくれる顧客に、不必要な割引を提供する必要もなくなり、無駄な値下げを減らせるメリットは大きい。

さらに、スマートフォンアプリやレジカートと店内に設置されたビーコンなどを紐づけて、特定の売場に立ち寄った際に関連商品の値下げオファーをスマホに通知するなど、店内の位置情報まで加味した販促を打とうという実験を行っている企業もある。
ある調査によると、実店舗に買物に来る顧客のうち、買物を事前に品目まで決めているのは2割程度で、残り8割の人は店舗で何を買うのかを具体的に決定しているという。店舗などでのワン・トゥ・ワンの値引きオファーは、顧客の購買行動に大きな影響を与えると考えられている。そのため、メーカーがこれまでマス広告にかけていた膨大な宣伝費を、店頭広告にシフトしようという動きもあり、小売業にとっては有望な事業の一つと目されている。マーケティングDXの一種といえるだろう。

出店調査のDXは量から質へ

デジタル化によって大きな変化が期待できる小売業のマーケティング活動といえば、出店調査もその1つだ。新しく店舗を出店する際に、そのエリアの特性を調べる場合、デジタルツールが登場する以前は紙の地図に自社の店舗や競合店舗をマッピングし、各地域の人口を記入して…とアナログな方法で調査・分析が行われていた。
その後、GIS(地理情報システム)と呼ばれるソフトが登場し、地図上に人口の分布や商圏に住む人の性年齢情報をマッピングして分析するのが主流となった。現在はGoogle Mapやe-STAT(政府統計情報ポータルサイト)やそのe-STATが提供するjSTAT MAP(地図で見る統計サイト)などのツールを組み合わせて商圏分析をしている企業も多いというが、これという打ち手には欠けている状況だ。

また、現状では商圏に住む人の人口や性年齢の情報を分析するにとどまっている企業が多数を占めるが、今後はその商圏に住む人の収入や職業のような質的な情報、スマートフォンのGPSから得られた人流データの情報、SNSの書き込みなどから見られる商圏や店舗ブランドに対するイメージなど、様々な情報を紐づけ分析することで、単に数と量にとどまらないマーケティングを志向する企業が増えるだろう。

エビデンスに基づいたマーケティング活動を

小売業においても様々なマーケティング活動のデジタル化が進んでいるが、同時に重要性を増すのが、関係する企業との協働である。例えば、あるカテゴリーを活性化させようとするとき、小売業だけが必死にマーケティング活動をしても、成果を得るのは難しい。売場を作るためには、メーカーや卸売業等、取引先の理解の上に進めなければ、打ち手を繰り出すことができないからだ。消費者へ提供できる価値を高めるためは、自社内に閉じこもって分析を行うのではなく、小売業・卸売業・製造業が一体となって、マーケティング活動に取り組むべきだろう。勘と経験に頼った商談から、データを根拠に協業先と手を取り合って行う、エビデンス・ベースド・マーチャンダイジングへの転換が求められている。

大量の人とモノが動く魅力的な「店舗」を支える

小売業は人々のくらしを支える根源的な仕事であり、そのマーケティングもとても味わい深い業務だ。人間くささが好きな人にとって、大量の人とモノが動き、お金が動く店舗という場所は、興味が尽きないフィールドのはずである。
小売業は正直まだまだアナログな部分も多く、DXに対する企業の姿勢には温度差がある。清濁を併せ呑むことができる懐の深さが、この業界を志望する人には求められる。

 

ライター:鹿野 恵子

編集者・ジャーナリスト
WEBメディア「MD NEXT」(https://md-next.jp)編集長。1978年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、アスキー、商業界、ITベンチャーを経て2018 年より現職。一貫して流通小売業とITを軸にした活動を続ける。twitter:@keikoka

DX事例、最新トレンドの新着記事を
ソーシャルメディアで受け取ろう

→twitterアカウントをフォローする
WP Twitter Auto Publish Powered By : XYZScripts.com