業界を自らディスラプトし、新しいビジネスモデルを構築するのが中小企業のDX
2020年9月29日
日本の産業を支える中堅・中小企業や老舗企業におけるDXの事例は非常に少ないのが現状です。その背景には経営層への認知が不足していることが挙げられます。
しかし、レガシーな業界構造のなかでDXによる合理化や新たな価値を創出しようと模索している後継者層も少なくありません。
そこで今回は愛知県一宮市に本社を構える堀江織物株式会社の取締役であるのと同時に、別会社・株式会社OpenFactoryを立ち上げ、印刷×ITで印刷業界のDXを推進する堀江賢司氏に、中堅企業がDXを推進する上で押さえておくべきポイントをお聞きしました。
堀江織物株式会社/株式会社OpenFactory 堀江賢司氏
──堀江織物のあらましと、堀江さんのご経歴について教えてください。
堀江織物は愛知県一宮市で戦前に撚糸業で創業した会社で、現在はシルクスクリーン印刷とデジタルプリントによるデジタル染色の製造工場運営が事業の中心です。のぼりや横断幕などの広告宣伝幕を主に取り扱い、印刷から縫製・加工までの製造および販売を行っています。現在の会長が父親で社長が私の叔父に当たり、堀江織物は私にとって家業といえます。
愛知県一宮市に本社を構える堀江織物株式会社
ただ、私はキャリアの最初から堀江織物で働き始めたわけではなく、大学卒業後は広告代理店に入社しました。そこへ勤めた10年ほどの間に、100万部のフリーペーパーをつくるなどいろいろな仕事をしましたが、大量生産という意味では製造業に近いところで仕事をしていたと思います。そして、リーマン・ショックの時に家業も影響を受け、広告代理店を退職して堀江織物に移りました。
──そこからOpenFactoryを立ち上げられた経緯と背景を教えて下さい
のぼりなどの広告宣伝幕の印刷・製造というのは小さな業界ですし、今後劇的な市場の伸びが期待できる業界ではありません。だから、当社が生き抜く上で、何かしら新しいことにチャレンジする必要がありました。
そのような中、堀江織物は早くからデジタルプリントを導入しており、デジタルに活路を見いだすべく新規事業を創出しようと立ち上げたのが、OpenFactoryです。
デジタルプリントの強みは、1点からでも印刷できること。ただ、それを受注するために営業が訪問し、見積りを出して、データを受け取って…という手間をかけていては非効率で、デジタルの強みが生かし切れません。
そこで、受注の方法を変えよう、新たな受注のチャネルを作ろうという試みとして、リアル店舗「HappyPrinters」を2013年に立ち上げました。OpenFactoryはその運営会社であり、堀江織物の子会社ではなく、デジタルプリントとテクノロジーに特化した印刷業界発のスタートアップという位置づけでスタートしました。
渋谷に拠点を構えるHappyPrinters
──OpenFactoryとしてどのような事業を展開しているのですか。
現在は、個人のお客様を対象に、南青山にHappyPrintersの店舗を運営しつつ、オリジナルの生地を1m単位で作れる・買える・売れる布専用のWebサービス「HappyFabric」を2015年から展開しています。
そして最近、力を入れて取り組んでいるのは、在庫レスのオンデマンドビジネスを展開できるオンデマンドプリントサービス「Printio」というWebサービスの構築です。
──Printioとはどのようなサービスなのですか。
端的に言うと、これまでの大量生産のものづくりを変え、在庫レスで必要なものを1個から必要な数だけ製造するオンデマンドプリントサービスです。
デジタルプリントという言葉は聞くようになりましたが、まだ現状としては印刷業界の約95%がアナログな印刷工場です。印刷方式はオフセット印刷やシルクスクリーン印刷が大半で、ある程度まとまった量でなければ対応できません。
また現状の受注方式は、電話・ファクス、もしくは顧客を直接訪問して受注書を受け取って…というやり方をしており人件費にかかるコストが大きいです。
でも、印刷方式がデジタルプリントになれば1点の印刷から対応できるようになり、さらに発注情報・印刷用データをWebのAPI経由で受けられるようになると、人件費を含むコストを大幅に下げることができます。Printioは、全国の印刷会社を巻き込んでデジタルプリント導入を推進し、インターネット経由で受注できるシステムをWebサービスとして提供します。
Printioで使用しているTシャツ専用のプリンター
最近は、例えばオリジナルの絵柄をTシャツ、ソックス、マスクなどのアパレル製品にプリントできるオンデマンドサイトが出てきています。ほかにも、PC周辺機器や雑貨などのパーツに好きなデザインの印刷を施し、カスタマイズして販売するサービスなどが出てきており、世界中でも市場が急速に伸びてきており、企業にも在庫レスの小ロット生産のニーズは増えてきています。
ですが、ニーズはあってもそれを製造できる印刷工場が見つからないという課題がありました。Printioはそのようなニーズにテクノロジーを使って対応するプラットフォームです。
──DXを進める上で、どのような課題がありますか。
印刷方式をデジタルプリントにする「だけ」、受注をWeb経由にする「だけ」なら、それぞれの作業効率は上がるでしょうけれども、単なるデジタル化の域を出ません。デジタルの強みを最大限に生かせる新しいビジネスモデルをつくることこそが、DXだと考えています。
ただ、中小企業の場合は「デジタル化か、DXか」という話以前に、そもそも経営層のテクノロジーやWebに対する理解が不足しているケースが少なくありません。だから、IT・システムへの投資に消極的なのです。
一方で、印刷機というハードウェアへの投資には積極的です。これは、印刷業界の95%がいまだにアナログ印刷である理由の1つでもあるのですが、すでにある設備・ハードウェアを守ろうとしてしまう。「ハードは利益を生むが、システムには投資しない」、このような投資思想は製造業全般に見られる傾向だと思います。
また、テクノロジーへの理解が不足しているがゆえに、社内で越えなければならないハードルが高くなります。私の場合、堀江織物は家業であり自分は跡取りであることを自覚していますから、難題に立ち向かう理由があります。でも、そうでない人が中小企業でDXを任せられ、推進していくことは相当の覚悟が必要だと思います。
──そうした課題をクリアするにはどうすればよいでしょうか。
私の場合、「中にいては新しいことを、スピード感をもって進められない」と感じ、別会社を立ち上げました。おかげで自由に投資判断ができますし、他社との提携もスムーズに進めていけます。
そもそもDXとは新しいビジネスモデルを創出することですから、本業とは別に事業体を立ち上げて独立して推進することは、1つの解なのではないかと思います。
Printioというプラットフォームが構築できれば、堀江織物もそのプラットフォーム上の1プレイヤーになるわけですし、実質的な貢献をすることはできるはずです。実際、まだ小さいながらも堀江織物の売り上げの一部はOpenFactoryの事業経由のもので、実績を積み上げていくことで、デジタルの価値が認められ、理解を得られるようになっていくものなのかもしれません。
スタートアップの代表として大企業のアクセラレーター・プログラムに参加したり、さまざまな業界のスタートアップ起業家とお会いしたりして分かったのですが、中小企業の二代目がスタートアップを立ち上げているケースは結構あるんですよ。
──跡取りでない人がDXを推進するには何が必要でしょうか。
社内で一番優秀で、テクノロジーに明るい人に十分な権限を持たせ、“コミット”させることだと思います。私も立場としては跡取り“候補”ではありますが、独立する時点で「本業に戻れ」と言われるまでは戻らない覚悟でやっています。中途半端な気持ちでは、大きな変革は起こせないですから。
DXを任せられた人は、テクノロジーや他社・他業種のDXに関する動向をウォッチしておくことは大前提でしょう。市場の動向やユーザーニーズを把握していないと、パートナーとなるはずの企業と同じ言葉で話せませんし、手を組むこともできなくなります。
逆にそれができていれば、スタートアップという立場を活用して、大企業とも対等のパートナーになれますし、オープンにDXを進める仲間と手を組んで、物事を前に進めることができるようになります。
──最後に、堀江さんの今後の展望をお聞かせください。
プラットフォームビジネスというと、業界をディスラプト(破壊)するみたいなイメージを持たれているかもしれません。ただ、破壊されてしまうのだとしたら、私はその破壊される業界や企業側に問題があるのだと思っています。本来、業界内にいるプレーヤーが率先して業界を変えないと生き残れないのに、慣習やしがらみがあって変えられない。そうこうしているうちに、ディスラプトされるということが実際に起こっているわけです。
私は印刷業界の1人として、自分たちが居心地よい形を残しつつ、ビジネスモデルをスクラップ&ビルドしていかないといけないと思っていて、Printioが目指すのは既存の印刷会社のリソースを生かせる協同組合のようなプラットフォームです。印刷を発注する人も幸せで、工場も幸せになるような。そこが多くのITスタートアップと違うところであり、チャレンジだと思っています。

インタビューアー:越智 岳人
編集者・ジャーナリスト。現在はフリーランスとして技術・ビジネス系メディアで取材活動を続けるほか、ハードウェア・スタートアップを支援する事業者向けのマーケティング・コンサルティングや、企業・地方自治体などの新規事業開発やオープン・イノベーション支援に携わっている。

ライター:畑邊 康浩
編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。
2016年1月からフリー。HR・人材採用、IT関連の媒体での仕事が中心。
