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イノベーション理論から考えるDX戦略

公開日:2024/01/31 / 最終更新日: 2024/02/21

自社の経営戦略にDXを取り込む際、黎明期にある技術を試験的に導入するか、それともソリューション・パッケージ化されたような安定した技術を導入するかという選択肢を考慮する必要があります。

本稿執筆時点(2020年9月)で後者に近い事例を挙げると、対象となる特定のエリアにセンサーなどの情報収集用デバイスを設置し、集めたデータをクラウドサーバ上のAIで分析するといったIoTとAIの掛け合わせは業界を問わず浸透しているソリューションです。大規模農業の効率化から工場における生産性向上に至るまで、さまざまな活用がなされ、実証実験ではなく実際のビジネス現場で導入されています。

一方で課題もあります。このようなソリューションはデータ通信というプロセスが介在するので、リアルタイム性を求められる現場や、通信費やサーバの利用料といったランニングコストがシビアな状況にはフィットしません。また堅牢なセキュリティが求められる工場では、通信によるデータ漏洩リスクから敬遠されるケースもあります。そういった課題から現在はデータを各端末、もしくは端末同士をネットワークで繋いだ環境下で分析・処理する「エッジコンピューティング」が、今後のIoTソリューションとして開発が進められています。

しかし、技術として成熟していないエッジコンピューティングには課題があります。端末上でデータを処理するため、一つのクラウド上に集約するのではなく、複数のサーバやシステムが稼働する仕組上、システム構成が複雑になります。また端末1台あたりのコストも膨大になるといった問題も解消されていません。この解決策として安価なシングルボードコンピューターと呼ばれるデバイスを活用し、システムもエッジコンピューティングを前提にした瞬時の判断と実行が可能なAIを開発する動きが進んでいます。シングルボードコンピューターは名刺サイズでありながら、数年前のパーソナル・コンピューターに匹敵する性能を持ち、価格は数千円程度とコストパフォーマンスが良く、故障した場合でもシステムを止めずに交換しやすいといった冗長性にも優れています。

このように技術は市場で使われていくことで、社会の需要と企業の利益を最大化する方向に最適化されていきます。この2つの方向性を担うのは利用者と開発者であり、どちらにしても他社に先行するプレイヤーであれば、技術の持つメリットやデメリットを十分に把握し、相互にフィードバックし合うことで、双方にとってメリットのあるモデルを作ることができます。逆に後発参入する事業者や利用者はこうした技術への時間的な投資が不足している状態からスタートし、先行者が作り上げた仕様やパッケージの上での活用を考える必要があり、自由度は得てして高くありません。

AIやIoTのようなバズワード先行で人材が採用され、プロジェクトがとりあえずはじまるというケースは、どの業界でも散見されます。しかし、PoC(コンセプト検証)で止まってしまい、事業化には至らず、採用したDX人材も能力を生かせないまま他社へ転職し、社内には報告書以外の知見は何も残らなかったというケースも多いのが事実です。

こうした事態を回避するためには、テクノロジーは手段であり、なにかを知る目的ではないことを経営やマネジメントレベルで理解すべきです。そしてテクノロジーは課題を解決することで、利益を生む源泉である一方で、形にするためには相応の時間と投資が必要です。先行投資するにしても、後発参入するにしても、明確なビジョンと戦略が無ければ、失敗の確度が高いことには変わりません。


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社会が後押しする未来もある


技術そのものが十分に製品化に耐えうる状況でありながら、法令や慣習が普及を阻むケースも少なくありません。そういったケースの中には圧倒的な価格破壊や社会情勢の変化がトリガーになることがあります。その最たる例の一つがコロナ禍におけるデジタルヘルスの普及です。クリーンエネルギー分野のコンサルティングを手掛けるMercom Capital Groupが発表した調査によれば、ベンチャーキャピタルによるデジタルヘルス分野への投資は2020年第1四半期に35.7億ドルと、前期比で2倍近く伸びています。

日本国内でも2020年4月から時限的に初診からのオンライン診療が前面解禁されたことで、多くの医療機関が導入したことで、オンライン診療関連のサービスの導入実績は数ヶ月で劇的に伸びました。ある投資家は、デジタルヘルスやメディカル系のスタートアップが今年に入って大躍進を遂げている状況に関して、「コロナ禍によって数年かけて実現する未来が一気に短縮された」と述べていました。デジタルヘルス分野に対して黎明期から研究開発していた大企業やベンチャーは事業を創造するプレイヤーとして、技術の特性を理解した上で、自分たちに優位な仕様をいち早く見出す時間と権利が与えられます。

一方で乗り遅れた企業や、「普及はまだ先」だと見込んでいた企業にとって、市場が確立すればするほど後発参入のハードルは高くなります。とある外食チェーンの社長が頑なにQR決済を導入しない理由について「端末の仕様が確立し、投資を最小限に抑えられるまでは導入しない」とメディアに語っていましたが、QR決済の利用者サイドの意見としては至極真っ当です。しかし、QR決済インフラそのものを開発するサイドであれば、この考え方とは逆でなければなりません。

市場を創造するにはイノベーターである必要がある


アメリカの社会学者でイノベーター理論の提唱者である、エヴェリット・ロジャースは「イノベーションの普及」という書籍の中で、イノベーション(新しいモノや概念、技術)の普及を5段階に定義しています。

・最初に採用する「イノベーター」

・次にこれから普及するかもしれないと見込んで採用する「初期採用者」

・情報感度は高いが新しい製品の採用には慎重な「初期多数派」

・その製品を導入することが多数派だと判断してから行動する「後期多数派」

・そして最も保守的で導入に消極的な「遅延者(ラガード)」

技術の黎明期から技術への投資を行う層はイノベーターや初期採用者にカテゴライズされます。彼らは市場に先駆けて研究開発に必要な人材採用や資金の投入をいち早く行うので、技術が確立しないリスクを背負います。

一方で、あらゆる検証に時間をかけられ、フィードバックをいち早く大量に集められるメリットがあります。これによって、技術が普及期に入った段階になると、技術に対する理解が市場の中でも圧倒的に深いというアドバンテージがあります。

後期多数派は研究開発に対する投資が少なく済む一方で、知見が不足した状態で成熟した技術を採用した結果、誤った使い方をしてしまい、期待した効果が得られずに幻滅してしまうとロジャースは指摘しています。

イノベーションに到達するためには、技術に対する深い理解とビジネスへの応用に時間をかける必要があります。そのためには安易にPoC(コンセプト検証)を始めるのではなく、目指すべきゴールの設定と、それに最適なリソースへの投資が必要不可欠です。安易に新たな技術に飛びつくのではなく、適材適所で技術を見極められる組織への投資が重要だと言えるでしょう。また専門家への投資だけでなく、経営層のリテラシー向上や、現場担当者による現状理解と課題抽出も重要です。課題を解決できるグループ(技術担当)と課題を抱えるグループ(現場)、課題の優先順位を定義するグループ(経営層)の三者の目線が揃わないことには、検証や実験のまま止まってしまい、目指すべき課題解決には到達できません。

DXにおいても、一定の技術が確立した領域もあれば、発展途上の領域も存在します。DXによって新たな価値を想像したいのであれば、DXという言葉から一度離れてみて、解決したい課題はなんなのか、それは事業者側なのか、それとも利用者側に回るのか、それを実現する技術はどうあるべきなのかを正しく判断し、必要なタイミングで一手を打てる経営者が必要です。それが明文化されていれば、人材採用でのミスマッチも減ります。技術が社会や自社の課題に、どのように貢献しうるのかについて、経営層と現場担当者、テクノロジーの専門家が同じテーブルで議論できる環境作りから始めることが必要です。まずは課題を起点にして、イノベーターになれる領域はどこなのかを考え、行動できる組織をもつことがDXにおいても成功する条件になるでしょう。


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この記事の筆者

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越智 岳人

編集者・ジャーナリスト

現在はフリーランスとして技術・ビジネス系メディアで取材活動を続けるほか、ハードウェア・スタートアップを支援する事業者向けのマーケティング・コンサルティングや、企業・地方自治体などの新規事業開発やオープン・イノベーション支援に携わっている。

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