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インサイダーが課題山積の業界を変革する−−徳島発タクシー×DX「電脳交通」

公開日:2024/01/31 / 最終更新日: 2024/03/18

地域に根づくビジネスを長きに渡って続けている中小企業を次の世代が受け継ぐに当たって、デジタル化やDXをどのように実現していくか悩むケースは少なくない。
何から着手すべきか決めかねている、あるいは前例主義や既存の組織体制に阻まれ思うように進められないといったハードルを、どのように乗り越えたらいいのだろうか。

今回話を聞いた近藤洋祐氏は、アメリカ留学から帰国後、地元の徳島で家業のタクシー会社・吉野川タクシーを継ぎ、債務超過寸前のところから再建を果たした。その後2015年に電脳交通を創業し、SaaSモデルのタクシー配車システムと配車業務の委託サービスを展開、タクシー業界にデジタルの力で変革をもたらしている。
業務のIT化からスタートし、新しいビジネスモデルに昇華してDXと呼ぶべき域にまで成長させてきた近藤氏に、地方発でリソースのない中からDXを生み出すポイントについて聞いた。同社の創業の経緯から現在までの道筋に、中小企業のDX化を進めるヒントがあるはずだ。


近藤 洋祐

インタビュイー
近藤 洋祐 氏

株式会社電脳交通 代表取締役CEO
18歳で渡米していたが、祖父の経営する吉野川タクシー有限会社の経営危機に際し帰国。2012年に同社を承継し、再建を果たす。
その過程で生まれたクラウド型タクシー配車システムを主力とする株式会社電脳交通を、2015年にCTOの坂東勇気氏と共に創業。
2019年、一般社団法人XTaxiを立ち上げ代表理事を務める。



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タクシー業界が抱える3つの課題


電脳交通は、クラウド型のタクシー配車システムを主力のプロダクトとして展開し、急成長している徳島発のスタートアップだ。その配車システムを活用し、配車業務代行サービスも提供している。

近藤氏は、日本のタクシー業界には「市場の縮小」「従業員の高齢化」「IT化の遅れ」という3つの大きな課題があると話す。

「現在、全国で約23万台のタクシーが稼働しており、事業者は約6000社、その7割が保有車両50台以下の中小・零細事業者です。業界全体の売上のピークは1983年(昭和58年)で、今の倍以上の売上規模がありました。しかしそれ以降、モータリゼーションの加速によりタクシー業界は右肩下がり、現在は1989年(平成元年)との比較で43%程度、1.7兆円規模にまで縮小しています」(近藤氏)

従業員の高齢化も深刻で、全国にいるタクシードライバーの平均年齢は60歳以上、地域によっては65歳を超えるところもあるという。また、ドライバーの高齢化に加え、小規模事業者が多く利益率が低いことから、デジタルへの投資が進まない。地方の配車業務の75%が電話で注文を受け付け、無線でドライバーに連絡するという非常にアナログな方式に留まっている。

タクシー業界「内」の課題解決に専念


業界が縮小の一途をたどる一方、テクノロジーによる変化の兆しが海外や都市圏から狼煙を上げる。2010年前後から一般消費者向けのタクシー関連サービスが出はじめたのだ。

2009年にアメリカでウーバーがライドシェア事業で創業、日本では2010年11月、日本交通が日本ではじめて自社の配車アプリをリリースした。その後、スマートフォンの進化・普及とともに配車アプリの利用者が急増する。

「当時の私は家業のタクシー会社の再建に取り組んでおり、その話を聞いてもピンと来ていなかった」と話す近藤氏だが、現場に張り付いていたからこそ、配車アプリが普及した市場における大きな問題に気がついた。

「その問題とは、タクシー利用の需要・注文の取りこぼしです。配車アプリの普及で注文が増える一方で、デジタル化が遅れているタクシー事業者側への連携がうまくいかず、利用者とタクシーのマッチング率が停滞してしまう状況に陥っていたのです」(近藤氏)

「タクシー事業者側の課題解決を先にしなければ」と直感した近藤氏は、世の投資家や起業家が利用者向けサービスに目を向ける中、まずはサプライサイドのタクシー業界「内」の課題解決に専念すべく電脳交通を立ち上げたのだった。

顧客の「現場」からの声をもとに、システムを年間600回更新


タクシー業界の課題解決のためにしなければならないことは何か。近藤氏の答えはシンプルで、「タクシー業界に、安くて最先端の配車システムをばらまく」というものだった。そうして生まれたのが、電脳交通の事業の核となる「クラウド型配車システム」である。

それまで大手ベンダーがつくるシステムは外部とのデータ連携に対応しておらず、利用者向け配車アプリと連動ができなかった。その上、導入や更新のコストも高く、中小のタクシー会社には手が出しにくいものだった。それを電脳交通は、タクシー1台当たり月額数千円、SaaSモデルで提供している。

この配車システムの始まりは、電脳交通を創業する前、吉野川タクシーの代表に2012年に就任した後の経営再建期にまでさかのぼる。

「2014年頃だったと記憶していますが、当時タブレットPCが普及しはじめたんですね。これにいろいろな無料のアプリを詰め込めば、タクシー業界の大手が使っているハイエンドな配車システムに近いかたちのものが再現できるのではないかと考えました」(近藤氏)

そこで、安価なSIMフリーのタブレットと格安SIMをタクシーの台数分購入し、無料のトランシーバーアプリや位置情報管理アプリなどをインストール。プロトタイプの1歩手前の、配車システムと同様のことができる環境を組み上げ、自社のドライバーたちに使ってもらった。

そんな折、たまたま地元で開催されていた起業家が集まるイベントで、後に電脳交通をともに共同創業し、現在CTOを務める坂東勇気氏と知り合う。坂東氏は、自動車メーカーとともにカーナビを開発した経験を持つ、動態管理システムに強いエンジニアだ。彼にタクシー業界の課題や実現したいことを打ち明けるとすぐに意気投合し、坂東氏は配車システムの開発に参加することになった。

「それまでタブレットで実現していた“プロトタイプのようなもの”をベースに、今の配車システムの原型となるものを開発していきました。坂東が吉野川タクシーの車庫でコードを書いてプロトタイプを作り上げ、それを私がドライバーとして現場に出て使ってみる。そのフィードバックを元にさらに作り込んでいく、そんな感じの“ガレージ創業”でした」(近藤氏)

(写真提供:電脳交通)プロダクトとして世に出せる配車システムの「Ver.1」の完成と同時に、電脳交通を創業。それから5年経った今でも、「現場のフィードバックを元にシステムを改善する」取り組みは続いている。

「顧客のタクシー事業者様と日常的にコミュニケーションし、使っていただいている現場からの改善要望などを聞いたら、すぐにそれを開発陣に伝えて実装する。その繰り返しです。配車システムに関しては、2019年の1年間で約600回のアップデートをしました」と近藤氏は話す。導入したタクシーは常に最新のバージョンを利用できるのは、SaaSならではの利点だ。

こうした、現場の実感に寄り添う着実な取り組みそのものが顧客のエンゲージメントを高めている。その証拠に、創業から現在までに配車システムが解約に至ったケースは、顧客の廃業を理由とする数件以外はゼロだということだ。

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圧倒的な「危機感」がデジタル化への心理的な抵抗を引き下げた


レガシーなタクシー業界において、地方発のスタートアップが5年足らずの間に、自社のみならず業界にDXをもたらしはじめているポイントを、近藤氏に率直に尋ねた。その答えは2つ。

1つは、「DXを推進できる人材がいた」こと。「当社の場合は私と坂東です。プロトタイプを元に、PDCAサイクルを最速で回しながらアジャイルに開発していくことに慣れていた人材がいたことが大きかったと思います」。近藤氏は創業前、東京のテック系ベンチャーの創業者・キーパーソンらのコミュニティに飛び込んで、彼らからイノベーター的な思考や行動を学んでいた時期があったそうだ。そうした経験が生かされてもいるのだろう。

もう1つは、「その私自身が業界の“インサイダー”であり、業界の現場の課題に常に触れていた人間だったこと」だと近藤氏は答えた。

「タクシー業界の中にいれば、周りには高齢なドライバーしかいませんし、古い社屋と車庫で営業していて、これで後継者はいるのかななどと、さまざまな問題点に自然に気がつきます。そこに、ビジネスモデルを野心的に組み立てていける人材がいれば、その問題を解決するための仮説を持ち、必要なツールをアジャイルに開発していける。そういう要素が、DXをする上で非常に重要なのだろうと思います」(近藤氏)

しかし、高齢のドライバーが多い業界で、デジタルの導入や新しい取り組みへの抵抗は無かったのだろうか。

「確かに、古い業界はタクシー業界に限らず意思決定が遅いと思います。そんなタクシー業界でもDXがこれだけのスピードで進められているのは、圧倒的な危機感があるからでしょう。あらゆる交通機関の中で最も儲かっておらず、存続が危ぶまれる業界ですから」(近藤氏)

生き抜くことに必死。コストを下げるためなら、“なんとなく抵抗がある”などと言っていられない、タクシー業界がそういった状況になっていたことが、デジタルに対する心理的なハードルを下げていたようだ。

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「社会を変える手応え」をアピールし、人材採用に生かす


地方でDXを進める上では、人材採用の面で苦慮するケースも多い。電脳交通の場合、創業前に現CTOの坂東氏と偶然の出会いがあったからよかったものの、常にそのような出会いがあるわけではない。プロダクトやサービスが成長し、組織も拡大していく過程で、エンジニアを含むデジタル人材の採用をどのように進めてきたのだろうか。

「結論から言うと、われわれも地元や近隣地域だけで優秀な人を採用するには限界があると思っています。東京オフィスを開設したのも、採用のためという意味合いは大きいです」(近藤氏)

一般的に、地方には東京と比べて仕事は少ない。給与水準の相場には差がある。したがって、優秀な人材の目が地方に向かない傾向は否めない。

「ただ、そういう経済的な条件にプライオリティを置く人ばかりではないんですよね。電脳交通での仕事の面白いところは、例えばエンジニアなら、自分のつくったプログラムが顧客の業務の中でどう働いて、乗客の方々の体験をどのように変えるかを、実感として把握しやすい領域なんです。そこに面白さを感じて入社してきた人も多くいます」(近藤氏)

(写真提供:電脳交通)

今年、東京で採用したある社員は、転職活動中「徳島の企業であることを意識しなかった」と言い、「社会的に意義がある事業に加担できる、そして5年、10年先に勝てる会社であること」に惹かれたと話しているそうだ。

日本は少子高齢化が進み、何をするにしても市場としては一極集中した東京に目が向きがちだ。しかしそれ以外の地方では、旧来のビジネスモデルでは稼げなくなり、医療や教育、交通などの社会インフラ事業の存続すら危うい。これらを維持するためには相当なエネルギーを注がなくてはならないが、その現実に目を向け、自分ごととして関わろうとしている人は少ないのが現状だ。

「いずれ、”少子高齢化と人口減少が加速する社会で何をするか”しかなくなります。その意味では、僕らがやっていること、つまりデジタル技術で社会インフラを維持していくことは、ある意味で“最先端”のことだと思っています」と近藤氏は話す。そこにいち早く気づいたのが電脳交通であり、社会の変革に携わる手応えを得られる点をアピールすることが、採用面でも奏功しているというわけだ。

目線を「業界内の課題解決」のさらに先へ向ける


2020年、タクシー業界は新型コロナウイルス感染症により甚大な打撃を受けた。一時は前年比で70%ほど減少し、その後も落ち着いたとはいえ前年比50%程度に留まっている。しかし、業界は「それだけタクシーを必要としている人たちがいるということだ」と捉え、さらなる業務効率化を図りながらコロナ禍を乗り越えようとしている。電脳交通のクラウド型配車システムもそこに一役買っており、今年度の売り上げは前年比の3倍のペースで推移しているという。

10月には、電脳交通はシリーズBとなる総額5億円の資金調達を行い、同時にタクシー会社だけでなく総合商社や鉄道会社などタクシー以外の交通機関を運営する企業と資本業務提携を結んだ。

今回、提携する大手企業と伍していくためにも、これまで手薄だったミドルクラス以上の採用に力を入れ、組織体制の強化に着手しつつある。

「今年10月の資金調達は投資だけでなく、モビリティ領域でのシナジーが生まれるかたちで調達をさせていただきました。タクシー業界だけでなく、異業種の方々や自治体とも連携して地方のモビリティの課題に取り組んでいくことで、現在の年間18億人の輸送機会、1.7兆円の市場という枠を越えたところでタクシー利用者を増やしていくチャレンジに、戦略的に取り組んでいきたい」と、近藤氏は今後の展望を語った。


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この記事の筆者

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畑邊 康浩

編集者・ライター

語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。
2016年1月からフリー。HR・人材採用、IT関連の媒体での仕事が中心。

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