選挙のインターネット投票は、いつできるようになるのか

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国政選挙や東京都知事選などの大きな選挙が近づくと、「ネット投票」を待望する声がSNSなどで散見されます。新型コロナ禍の選挙においては、感染予防の意味でネット投票の実現を望む声も聞かれました。

スマートフォンを一人一台持つようになり、手元で金融サービスを利用したりクレジットで買い物をしたりするようになった私たちが、それと同じ感覚で手軽に投票したいと思うのは自然なことでしょう。しかし、政府も検討を始めていますが、実現しそうな気配がなかなか伝わって来ません。

今回は、インターネットを通じて選挙投票を行う「ネット投票」について、どのような方法が想定されるのか、有権者や候補者にもたらされるメリットや乗り越えるべき課題について整理します。また、行政DXを進めるデジタル庁がスタートした今、国内でのネット投票実現に向けてどこまで議論が進んでいるのかを見ていきましょう。

 

 

目次

 

 

1.公職選挙のネット投票に求められる要件は厳しい

はじめに言葉の定義を確認しておくと、本記事でフォーカスするのは投票方式の話です。

 

混同しやすい言葉に、2013年4月に公職選挙法が改正され、選挙の候補者はWebサイトやSNS、動画サイトなどを選挙運動に使うことが可能になった「ネット選挙」というものがありますが、これは投票の前、インターネットを使った選挙運動のことです。

本記事では「ネット投票」にフォーカスします。

 

一般的な意味での「投票」という行為は、国会議員や地方議員の選挙にとどまるものではありません。企業においても、例えば株主の議決権行使や、労働組合の組合員による役員選挙といった場面において投票が行われています。実際これらの投票に関しては、ネット投票を実現している例もあります。

 

ただ、話が公職選挙となると、なかなか簡単にはいきません。

まず、極めて高い公正さが求められますし、有権者も非常に多いためネット投票となるとそのシステムに求められる要件が厳しくなります。

 

 

2.ネット投票が実現すれば、選挙期間中いつでもどこでも投票できる

現在、日本の選挙の投票は、原則として紙の投票用紙で行うことは、皆さんがご存知の通りです。投票所入場券が郵便で家に届き、それを持って所定の投票日に投票所へ行って投票します。1日しかない投票日に都合がつかない人のために期日前投票の制度がありますが、やはり所定の場所へ赴く必要はあります。

 

海外在住の日本人有権者にも、国政選挙の選挙権行使の機会を保障するために、「在外選挙制度」が設けられていますが、これも原則として紙ベースで投票します。

ただ、これを行うには、あらかじめ在外選挙人名簿への登録が必要になり、登録申請の手続きをして在外選挙認証の交付を受けなければなりません。そして実際の選挙が行われる際には、日本大使館などの在外公館に赴いて投票する、または郵便で投票をすることになりますが、いずれにしてもかなり煩雑な手続きが必要になります。

 

ネット投票が実現するとどうなるでしょうか。

PCやスマートフォン、タブレットなどのモバイル端末を使って、いつでも、どこでも投票ができるようになります。
紙ベースの投票では「仕事で忙しい」「けがや病気などで動けない」といったさまざまな理由で投票所に行けなかった人も、手元の端末で自宅や病院に居ながらにして投票できるようになります。あるいは、「面倒くさいから」「忙しくて忘れていた」というような人にも、「スマホでできるなら投票しようか」と思ってもらえるかもしれません。

 

海外にいる有権者も、インターネットを通じてなら、基本的には国内で投票するのと同じシステムの上で投票が可能になるため、煩わしい手続きなく日本にいる人たちと同じように投票ができるようになります。

 

また、障害があって文字を書くのが難しい人も、ネット投票なら端末の画面で候補者の一覧から選択するだけになりますから、投票が容易になるでしょう。

 

こうしたことが積み重なれば、近年低迷している投票率の向上が見込めます。

 

 

3.選挙運営上のメリットは、開票・集計時間の短縮、正確性の向上

このように、紙ベースのデメリットの部分や、投票の場所と時間が決まっていることによるさまざまな投票の阻害要因を、ネット投票は取り除くことができるでしょう。

 

またネット投票によってもたらされるメリットは有権者にとってのものだけではなく、選挙運営上のメリットも少なくありません。

 

まず挙げられるメリットは、開票・集計時間の大幅な短縮です。

紙ベースの投票では、票をすべて開票所に集めて、1枚ずつ確認して集計していきます。これがネット投票になると、票はすべてデジタルデータなわけですから、集計は瞬時といっていいレベルできますし、集計間違いといった人為的ミスも起こりにくくなるでしょう。

 

また、紙ベースの投票だと開票の際に必ず、誰に投票したのか分かりにくい疑問票や、余計な文字や記号などが書かれている無効票が一定数出てきます。

しかしネット投票では選択式になりますから、疑問票・無効票はそもそも存在しなくなります。

 

悪天候などの理由によって投票箱を開票所へ運ぶのに時間がかかるといったこともありませんし、そうした投開票にかかる人件費が必要なくなります。

 

4.ネット投票によるデメリットと想定されるリスク

ただ、ネット投票になることで生じるデメリットや懸念も少なくありません。

 

一つは、デジタル端末やインターネットを使いこなせない高齢者などが、ネット投票になると逆に投票しにくくなることが挙げられます。

そうした有権者の選挙権行使を担保するためには、ネット投票が実現した後も従来の紙ベースの投票と併用する形になるでしょう。そう考えると、できる人は積極的にネット投票をすればよいですが、投票所も従来通り用意しなければならず、選挙運営上のメリットは小さくなるかもしれません。

 

二つ目は、有権者の自由意志による投票ができなくなるケースが生じるのではないかという懸念です。

従来のような、立会人による監視がある投票所での投票であれば、誰が誰に投票したかは有権者本人にしか分からず「投票の秘密」は担保されてきました。仮に、何らかのしがらみで「この人に投票してください」と要請されたとしても、最後の最後、投票の場面では自由意志による投票ができ、誰に投票したかを知られずに済むのが現在の仕組みです。

 

しかし、投票所のような監視の目が入らないところでも端末から投票できるようになると、特定の場所に人を集めて「あなたが投票するのを見届けるから、今この場でこの人に投票してください」という強要が成立してしまう恐れがあります。また、老人や障害者の介護施設などにおいて、誰かが側にいて一緒に端末操作をすることで、有権者本人の意志に反した投票を半強制的に行うこともできてしまいかねません。

 

システム運用の課題もあります。国政選挙ともなれば、1度の選挙で1億人を超える有権者が投票を行います。1日だけの投票日に集中して投票させるのではなく一定の期間を設けるにしても、システムを安定的に稼働させられるかという懸念があります。

 

 

5.ネット投票システムそのものの難しさ

そして技術的な一番の課題は、投票システムの要件自体が難しいものだということです。

 

あなたの選挙権を、あなた以外の誰かに行使されてしまっては困りますよね。システム上、そうした「なりすまし」を防ぐ必要がまずあります。端末で投票するに当たってあなたがあなたであることを証明するために、本人認証の技術を使うことになります。

 

一方で、先に述べたように、誰が誰に投票したのかを分からないようにする「秘密投票」を担保する必要があります。

仮に「頼みを断りにくい関係にある○○さんから、ある候補者に投票するよう強要された」としても、投票した本人が後からいつでも変更できる仕組みがあれば、強要する意味はなくなり、本人の意志を反映させた投票の担保が可能です。

しかし、後から変更できるようにするためには、最初に投票したデータがその人のものであると分かるようになっていなくてはなりません。

 

紙ベースの投票の場合は、投票用紙を投票箱に入れて手を離した瞬間、原理的には誰が誰に投票したかは分からなくなります。

あるいはその場で投票箱を開けて票を見れば、筆跡などから誰が誰に投票したかが分かってしまうかもしれませんが、立会人が監視している中でそんなことは起こらない、ということが前提となった秘密投票の仕組みです。

 

しかしネット投票で一度投じた票を後から変更できるようにするには、その元のデータ(票)が誰によって投じられたものかという情報を少なくとも開票時まではシステム上に保持しておかなければなりません。また、同じ人が何度も投票しその票がカウントされないようにする、いわゆる「二重投票」を防ぐためにも、一度投票した有権者の情報は保持する必要があります。

 

秘密投票のために、投票結果と投票者が紐付いたデータを残したくはない、でも、本人による変更を可能にしつつ二重投票を防ぐにはデータを残さなければならないというジレンマがあるのです。

 

また、ネット投票の場合、投票結果はデジタルデータです。このデータが選挙権のある人に投じられた正当な票である、なりすましや改ざんによる票「ではない」ということを誰もが分かる形で証明しなければなりません。

 

なりすまし対策、投票の秘密の担保、二重投票の防止、投票結果の改ざんへの対策、これらを同時に成立させ、アウトプットした選挙結果を誰もが正しいものだと信頼するに足るようにするシステムの構築は、実はそれほど容易ではないのです。

 

 

6.国政選挙で継続的にネット投票を実施しているのはエストニアのみ

海外へ目を向けてみるとどうでしょうか。国政選挙にネット投票を導入し、全有権者へネット投票の機会を与え続けている国として、エストニアが有名です。

 

エストニアはバルト三国の一つで、4.5万平方キロメートルの国土を持ち、人口が約133万人(2021年)の小さな国です。IT立国を国策として進めており、行政システムをオンライン化する電子政府の実現を目指していることで知られています。

 

エストニアで最初にネット投票が導入されたのは、2005年の地方自治体選挙からでした。その後2007年から国政選挙からネット投票を実現しています。全有権者がネット投票を利用しているわけではありませんが、当初2007年の国政選挙ではネットからの投票率は5%余りに過ぎなかったのが、2019年には46.7%、半分近くにまで増えています。

 

世界を見渡すと、さまざまな国がネット投票の実現に向けて試行錯誤しているのがうかがえます。例えばフランスでは、2012年の下院(国民議会)議員選挙から在外フランス人向けに限定してネット投票を導入しましたが、その後2017年に、セキュリティへの懸念から中止しており、再開の機をうかがっています。

 

オーストラリアは連邦制を敷く中でニューサウスウェールズ州のみ、2011年からネット投票を実施しています。

 

ほかにも、米国、ロシア、韓国、スイスなどをはじめ、さまざまな国がネット投票の実現に挑んでいますが、ほとんどの場合は特定の州議会や地方自治体の選挙という限られたエリアでの導入からのスタートとなっています。特にテクノロジーの発達した米国ですら部分的な導入に止まっていることは、ネット投票の難しさを物語っていると言えるのではないでしょうか。

 

 

7.立場を超えて多くの人がネット投票の実現を待望している

日本におけるネット投票導入に向けた検討は、これまで総務省を中心に行われてきました。

2017年には、インターネット投票の課題を検討する有識者研究会が立ち上げられ、2018年には、在外投票を対象にネット投票の実施を検討するよう提言を行いました。

 

これに基づいて総務省は2020年2月、在外投票の実証実験を東京都世田谷区や千葉市など全国5市区町で実施しています。マイナンバーカードのICチップを、カードリーダーを読み取って本人確認し、端末の画面に一覧表示された候補者を選択して投票する仕組みを構築したものです。

 

政府が2020年9月に開設した意見公募サイト「デジタル改革アイデアボックス」では、「ネット投票の実現」への支持が最多となっていました。

コロナ禍で外出自粛を避ける時流の中で、国民からのネット投票実現への期待も高まっていると言えます。

 

2021年の通常国会では、野党から議員立法「インターネット投票の導入の推進に関する法案」が国会に提出されました。ネット投票導入を前提に、基本方針や工程を定めたプログラム法案で、導入目標を2025年に置かれています。

 

また、地方自治体の茨城県つくば市は、市が進める「スーパーサイエンスシティ構想」の一環としてネット投票の実現を掲げており、民間企業とともに独自に実証実験を進めています。政府とは別の動きをする地方自治体は今後出てくるかもしれません。

 

マイナンバーカードを利用した本人認証を行う上で、カードの普及率が現時点では低いことも課題の一つとしてありますが、平井卓也デジタル大臣も国政選挙のネット投票実現には前向きな姿勢を示しています。今後は2021年9月にスタートしたデジタル庁も加わって、ネット投票の実現に向けた動きが加速することが期待されています。

 

 

 

ライター:畑邊 康浩

編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。
2016年1月からフリー。HR・人材採用、IT関連の媒体での仕事が中心。

 

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